三越伊勢丹は、人工知能などデジタル技術を駆使して現場力を強化する実験に乗り出した。「データがビジネスの主戦場」と考え、新しい買い物体験の創造を目指す。本特集では、同社の経営戦略とその実行を支える人材に着目し、3回にわたって連載する。

 「世界最高のファッションミュージアム」を目指している、百貨店としては世界最大の売り上げ(2743億円=2015年度通期見通し)を誇る伊勢丹新宿本店。そこを舞台に、昨年9月からこれまでにないトライアルが繰り返されている。世界の百貨店でも例を見ない、人工知能(AI)を活用した接客だ。

 ファッションにこだわる、おしゃれな男性に人気のある伊勢丹新宿本店メンズ館。昨年暮れ、2階と6階のフロアで、タブレット端末を持ったスタイリスト(販売員)が中高年の男性を相手に接客していた。

 「田中太郎(仮名)さん、AIが搭載されたファッションアプリです。タブレットに表示されている、好きなアイテムをタップしてみてください」

昨年11月25日~12月31日に伊勢丹新宿本店メンズ館で実施した、人工知能アプリを活用した接客。好みの商品に応じた、コーディネートを薦める
昨年11月25日~12月31日に伊勢丹新宿本店メンズ館で実施した、人工知能アプリを活用した接客。好みの商品に応じた、コーディネートを薦める
人工知能接客の流れ
人工知能接客の流れ

 田中さんが20点の商品アイテムからいくつかタップした。すると、1秒もかからずタブレットには新たな商品が表示された。田中さんの好みを学習したAIが、メンズ館の2階と6階、それに7階にある商品のうち、伊勢丹のEC(電子商取引)サイトでも取り扱っている約800アイテムの中から商品を提案してくれたのだ。

 メンズ館の販売員はすかさず、「田中さん、AIがあなたの好みに合った商品を提案しています。いかがでしょうか、試着したいものはありますか? 画面をスクロールして、ほかの提案商品も見ることもできますよ」。

 提案の良さに感心した田中さんへ、販売員は「AIは、ブランドをまたいだコーディネートの提案をしてくれます。ご覧になってみますか?」と声を掛ける。田中さんがうなずくと、1秒程度でタブレット画面上に3つのコーディネート案が表示された。さらに、三越伊勢丹のバイヤー5人のそれぞれの好みを反映したAIが薦めるコーディネートの提案も受けた。

 田中さんは「このコーディネート、気に入りました。試着してみたいですね」と販売員に声をかけた。「かしこまりました。在庫を確認してきます」と言って販売員はバックヤードに消えていった。

AIを“お持ち帰り”

 田中さんは試着したが、購入には至らなかった。しかし、これまでにない体験に満足そうだった。実は田中さんはメンズ館でAIの接客をやっていることをメディアで知って興味を持ち、予約を入れて来店した。

 そんな田中さんに販売員は、「田中さん、あなたの好みを学習したAIを持ち帰りませんか?メールアドレスを入れていただくだけです。これを使って商品を選ぶと、AIはどんどんあなたの好みを学習してくれます。将来、このAIが、弊社のECサイトで取り扱う商品の中から田中さんの好みに合った商品やコーディネートを選んで提案してくれるようになります」と勧めた。

 メールアドレスを入力すると、AIアプリ「SENSY × ISETAN MEN'S」の案内が届く。ダウンロードすれば、店外でいつでもどこでもAIアプリを使え、商品を選択することで自分の好みを学習させることができるというものだ。

 さらに、あらかじめ自宅などでAIにお薦めの商品やコーディネートの提案を受けて、気に入ったものがあれば伊勢丹に連絡して商品を用意してもらうような活用もできる。来店してすぐに試着ができるようになれば、時間の短縮になるだろう。

新しい買い物体験の提供

 今回のトライアルを担当している三越伊勢丹の伊勢丹新宿本店紳士・スポーツ営業部計画担当の岡田洋一氏は、「AIの持つ機能を使い、お客様に新しい買い物体験を提供していきたい。ただし、3月まではトライアルという位置づけだ。売り上げはまだ期待していない。こうしたトライアルを続けていくことが重要だと考えている」と話す。

 昨年11月25日~12月31日まで実施したトライアルは第2弾。平日は約20人、土日は20~30人がAIを活用した接客を体験した。まずAIを知ってもらう狙いの第1弾は昨年9月16日~28日までメンズ館1階で、約60の商品を対象に実施。こちらは、1週間当たり約100人が体験した。

 第2弾では、対象の商品アイテムは約800まで増え、メンズ館の2階と6階、7階で扱う商品のうち、ECサイトでも販売するカジュアルアイテムに対して、ブランドやフロアを超えたコーディネートを提案した。

 昨年12月11日には、SENSY ×ISETAN MEN'Sアプリを一般公開。これによって、店外でもAIを利用できるようになったわけだ。商品の購入も、店頭だけでなくECでも可能になるなど、第1弾からバージョンアップした。

 2月17日~3月31日まで実施する第3弾では、男性ファッション・ライフスタイル誌の『UOMO(ウオモ)』(集英社)とタイアップ。モデルや編集者の好みを学習させたAIを使って商品やコーディネートを提案する。その際、伊勢丹の販売員のAIを掛け合わせることで、新たな商品提案にトライする。

 「対象の商品点数は前回(第2弾)以上を目指すとともに、靴を強化する。著名芸能人やスポーツ選手のような着こなしがしたいというニーズにも応えられる」と、岡田氏は説明する。伊勢丹で扱う商品全部に対応できるようになれば、今までにない魅力的なコーディネートを提案できる可能性を秘める。

 「メンズ館には地下1階から8階まで9層のフロアがあるが、フロアをまたいで提案ができるスタイリストはほとんどいない。しかし、AIを活用すれば、可能になる。来年度以降、これまで行ったトライアルの経験を生かして改善していき、売り上げ拡大に貢献していきたい」と岡田氏は力強く語る。

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