スマートシティ特集の第3回。スマートシティプロジェクトを軸に複数の企業がデータを持ち寄る動きは、全国各地で広がり始めた。札幌市ではなんと、競合である小売り大手同士がデータを共有する。
1月26日、札幌市で大がかりな実証実験が始まった。その1つが「Sapporo City Wi-Fiログデータを活用した着地における観光誘導及び周遊滞留分析実証事業」だ。訪日外国人旅行客の人流を可視化することで観光施策の検証をする。
札幌市経済観光局観光・MICE推進部の岩立明彦・観光誘致・受入担当課長は「人流の実態をデータで見える化して施策を立てて検証し、インバウンドの周遊実態に応じた利便性の向上を図り、消費の拡大を目指している」と実験の狙いを話す。
1月27日~2月2日は中国の春節。2月6~12日まで、「さっぽろ雪まつり」が大通公園で開催される。2月19日には「2017冬季アジア札幌大会」が開幕するなど、この時期に訪れる外国人観光客は多く、データの収集にはもってこいだ。実験は2月28日まで実施する。

写真は、JR札幌駅にある札幌駅観光案内所。今回の実証実験に当たって、47インチのデジタルサイネージとカメラに加え、公衆無線LAN「Sapporo City Wi-Fi(SCW)」を期間限定で設置している。半径30メートルがWi-Fiのエリアになる。
デジタルサイネージは観光プロモーションの役割を担う。動画を流して、大通公園や北海道旧本庁舎、札幌市時計台、さっぽろテレビ塔といった札幌市の観光スポットなどを紹介する、スマートフォンで見られるパンフレット「ささっとパンフ」を告知。無料のWi-Fiが使えるSCWへの接続を促す。
外国人旅行客がスマホでSCWにアクセスすると、ささっとパンフをダウンロードできる。スマホ端末の設定言語が英語であれば、英語のささっとパンフをダウンロードできる。対応言語は、日本語、英語、中国語(繁体語、簡体語)、韓国語、タイ語の6言語。ささっとパンフ画面をブックマークすることで、オフラインでも閲覧が可能になる。
このささっとパンフによって、観光スポットへの誘導を図る。誘導の対象となる重点スポットにも臨時のSCWを設置した。例えば、白い恋人パークやサッポロテイネ(スキー場)、藻岩山展望台、定山渓温泉など11カ所だ。ちなみにSCWは、地下鉄の主要駅や、札幌駅と大通公園駅を結ぶ「チ・カ・ホ(地下歩行空間)」などには常設している。
デジタルサイネージは、札幌駅観光案内所のほか、狸小路観光案内所、藻岩山展望台、羊ヶ丘展望台、定山渓温泉など6カ所。札幌駅観光案内所に設置しているカメラによって、デジタルサイネージの訴求効果を測定している。サイネージの前を通った人は何人か、見た人は何人かをカウント。解析エンジンで性別・年代を推定している。
SCWログデータを活用して、訪日外国人が訪問した観光スポットの相関度の分析や、観光スポット別の滞留時間の分析、周遊動線の分析、デジタル情報配信による効果の分析、誘導効果の分析などをする予定。分析結果は今年3月末までに報告される見込みだ。
なお、SCWはエヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォーム(NTTBP)が運営し、ささっとパンフの技術提供やデータ分析でも本事業に協力している。
市内の小売店が購買データ共有
札幌市経済観光局ではさらに、購買データを併用した実証実験も始めている。人流データはSCWに加えて、札幌三越の「Mitsukoshi Wi-Fi」、NTTドコモの「モバイル空間統計」(訪日外国人がローミング接続した携帯基地局のデータ)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを使う。
これらのデータから、各観光地の滞在時間を分析し、国・地域別のお薦めスポットを抽出する。例えば、台湾人へのプロモーション案としてはこうだ。「昼間、中島公園周辺に滞在人数は少ないが、台湾の人が長時間滞在している」と「SNS分析によって、雪に対する興味・関心が高く、日中帯につぶやいている」という2つの分析結果から、中島公園での無料スキーレンタル情報を配信する。台湾の人が多く宿泊する宿泊施設でのサイネージによる告知や、翌日の予定を立てる夜間帯にスマートフォンへのプッシュ配信などが考えられる。
今回特筆すべきは、百貨店の丸井今井や三越、ショッピングセンターのパルコ、札幌市が本社のドラッグストアチェーンのサツドラホールディングスが参画して、互いの購買データを共有することだ。これまでにない取り組みと言っていいだろう。

具体的には免税品の購買について、購買者の国籍や購買品の金額といったデータを共有する。「まずは訪日外国人の購買の実態を把握することが先決。例えば、中国人がパルコと三越で購入する商品がどう違うのか、購買データを共有することでインバウンド消費の傾向をつかむ」(NTT新ビジネス推進室地域創生担当の大西佐知子統括部長)と言う。
実証実験では、例えば中国人に対してデジタルサイネージで化粧品や和食器の広告を打ち、実際に来店したかどうか検証する。サツドラでは、滞在している訪日外国人の何%が店舗を訪れて商品を購入しているのか把握。来店してもらうための施策を考える。
本実験は日本電信電話(NTT)が協力して実施している。NTTは2015年9月、札幌市と包括連携協定を結んだ。そして「札幌市ICT活用プラットフォーム検討会」に参加している。年間約200万人の訪日外国人が札幌市を訪れているが、2030年には約600万人に拡大すると見込まれている。伸長する市場を取り込むため、札幌市はNTTの支援を得て、人流・購買の可視化に取り組むことになったのだ。
地下歩道がICT活用の最先端
一方、札幌市は昨年12月、「札幌市ICT活用戦略」と題した報告書を作り、今年1月20日まで札幌市民の意見を募集した。約60ページの報告書は札幌市が抱える都市課題を解決する指針となるもの。市民の意見を取り入れて、今年3月下旬に戦略を策定する予定だ。その中には、イノベーションを生み出すための事業の計画が盛り込まれている。
その1つとして、「チ・カ・ホ(地下歩行空間)」を最先端サービスが集積する「ICT活用のショーケース」と位置づけ、ビーコンやカメラなどで人流情報と属性情報といったデータを収集・活用する取り組みを先行して実施する。収集したデータは個人情報に該当しないように配慮する。
札幌市まちづくり政策局都心まちづくり推進室の西村剛・都心まちづくり課長はこう話す。
「今年3月までに使うセンサーを決め、8~9月を目標にセンサーを設置。ビーコンやカメラ、表情を読み取るカメラなどを内蔵するデジタルサイネージも設置する予定だ。サイネージ設置場所として、北2条と北3条を候補として検討している。大きさは150~160インチ」
データ収集と分析で、市民や観光客へのサービス向上、効果的なマーケティング、防災・防犯対策の実現など、産学連携によるイノベーションの創出やビジネス活性化を目指す。ICTインフラの整備や技術に関しては、北海道大学大学院情報科学研究科の長谷山美紀教授からアドバイスを受けている。長谷山教授はこれまでも、チ・カ・ホなどで人の表情や動き、服装などの情報を基に、興味や気分を推定。その人に合った映像を提示する実証実験などを行ってきた。