電動パワートレーンなど基幹部品のメガサプライヤーとして自動車部品を手掛ける独ボッシュ。同社の日本法人が開発し世界に広めようとしているものの1つに、IoTを生かしたスマート農業がある。脱エンジンが加速する自動車業界でボッシュの存在感は増しているが、農業など他の分野への横展開も始めている。

 病害予測機能搭載モニタリングサービスの「Plantect(プランテクト)」は、各種センサーを使いハウス内の環境を計測し、病害を人工知能(AI)で予測する。昨年8月から順次出荷しているが、供給が追い付いていない状況だという。

見える化に大きな価値

 Plantectの主な顧客は家族経営の個人農家。家族2~3人が20~40アールの土地で10アール弱程度のハウスを複数棟所有しているのが平均的なイメージだ。同サービスに使うセンサーが計測するのは、温度、湿度、日射量、そして二酸化炭素量の4種類。場所は任意だが一般的にはハウス中央、作物の成長部(上部)に来るよう、機器を提灯のようにつるす。

東京・渋谷のボッシュに展示されているPlantectのセンサー機器。左から温度湿度センサー、CO2センサー、日射センサー、通信機。日射センサーはハウス天井部に、それ以外はハウス内の任意の場所につるせる
東京・渋谷のボッシュに展示されているPlantectのセンサー機器。左から温度湿度センサー、CO2センサー、日射センサー、通信機。日射センサーはハウス天井部に、それ以外はハウス内の任意の場所につるせる

 データは10分に1回計測する。これらの計測値がゲートウエイによってクラウドに送信され、利用者は専用アプリを搭載したスマートフォンやPCでデータを確認できる仕組みだ。オプションで病害予測を通知する機能がある。感染リスクを、リスク高・中・低の3段階で画面にアラートを表示する。現在はトマトに対する「灰色かび病」という感染病のリスク予測に対応している。

 Plantectプロジェクトリーダーの鈴木涼祐氏は「データの“見える化”に大きな価値がある」と話す。例えば冬には、ハウス内の温度が最低でもセ氏5度を常に上回るように暖房を調整する必要がある。故障など気づかず放置してしまえば、ハウス内温度が下がり、作物に壊滅的な影響を与える。今までは暖房設備の稼働状況を、いちいちその場に行って確認しなくてはならなかった。それが手元のスマホ画面で確認できるようになった。

 また、温度は体感で分かるという人も、二酸化炭素量は分からない。ハウス内の二酸化炭素量を大気中とほぼ同じ400ppm程度に保ちたいとしても、対応を取らないと作物がCO2を取り込むため、自然と低くなってしまう。計測した結果200ppmまで下がっていると分かれば、送風したり、換気したりといった対応が取れる。

予測するのは「感染」

 一般的に、トマトは10アール程度のハウスで約10トンの収穫があり、300万円ほどの売り上げがあるという。灰色かび病による損失は約40万円(1年間、対売上比13%)といわれている。変色や落果などの被害が出てしまってからの対応より、感染前に対応を取ることが重要だ。感染リスクが高いと見定められれば、湿度を下げたり、発病前に治療剤を利用したりして感染を防げる。散布量や回数も抑えられる。

 灰色かび病の感染は、ハウス内の湿度が高くなって葉や実が濡れている状態で起こる。つまり予測には「葉濡れ」が起こるかどうかが重要になる。そのため、濡れ具合を計測するセンサーを葉の近い位置に設置し、機械学習によって温湿度データから葉濡れの数値を予測する独自モデルを作った。機械学習には、温度が22度だとどの程度感染するかといった植物病理学をテーマにした論文などを基に、病気が出やすい条件を別の指標に置き換え特徴量を作る。

 ハウス内で計測される温湿度数値と、前述のモデルを活用した葉濡れの推測値を使い病害予測モデルを作成。数百から数千に上る特徴量の種類から取捨選択し、常時取得している温湿度データを使って病害予測モデルの精度を上げている。特徴量以外にも100棟以上のハウスから1年以上、どういう環境で実際に病気が起きたのかを農家にデータを取ってもらった。

 一方、天気予報を活用し、ハウス外の温湿度などから、2日後までのハウス内の温湿度を予測するモデルを作成。それから病害予測モデルに当てはめてリスク予測をする。日々取得するデータから判明するリスクと、向こう2日間という将来に起こりうるリスクの2系統の予測で、感染前か、感染しても最悪潜伏期間のうちに治療剤を使うことで発病を防ごうというわけだ。過去データの検証では病害予測の精度は92%だった(2017年3月時点)。現在ではそれ以上になっているという。

 ボッシュと千葉大学は2017年、Plantectを装備したハウスと装備なしのハウスを同じ環境にして病害予測の実証実験を行った。前者では予測に基づき薬散し、後者では発病してから薬散したところ、病害の斑点が表出して収穫できなかった果実が、装備なしハウスのそれに対して65.5%減だった。

いちごやキュウリ向けも予定

 ボッシュは今後、ほかの病害予測にも対応する予定だ。例えば別の菌による「うどんこ病」は、低湿度でかかりやすい。特徴量の作り方が違ってくるが、現在の予測モデルを活用し、スケーラビリティーを生かしていくという。鈴木氏は、ハウス内環境について「土に関するデータや、ハウスの側窓、天窓の開閉データなどを試したい」と意欲を見せる。作物に関しても、1~2年以内にいちごやキュウリなどに向けた病害予測に対応する予定だ。

 Plantectでの病害予測にまずトマトを選んだ理由は、実を食用にする野菜(果菜類)で、世界でも日本でも圧倒的に生産量が多いことからだという。生産者も多く、かつ単価も高い。

 ボッシュは日本発の農業IoTのプロジェクトを2015年から続けている。Plantectは17年6月から受注を開始、同年8月から順次出荷している。モニタリングサービスは2種類。ハウス内の計測データを可視化する「基本プラン」(3つのセンサー=温湿度、日射量、二酸化炭素量=と通信機のセット)は月額4980円、オプションの「病害予測機能」は同3350円。

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