日本の若き秀才たちはAIを駆使して新事業を切り拓こうとしている。医療や製造などリアルな産業で起きる革命を勝ち抜くためには、自ら仕掛ける勇気と知恵が必要だ。

 優秀なAI人材を巡っては、グローバルで獲得合戦が激化している。米シリコンバレーの企業と張り合わなければならず、「新卒でも2000万~3000万円出さないと来てくれない」(AIスタートアップの経営者)というほどだ。

 優秀なAI人材の中でも「超」がつくタレントを輩出するのは、東京大学大学院の松尾豊特任准教授率いる研究室(通称「松尾研」)だ。松尾准教授は「松尾研の学生は優秀だ。特に深層学習は東大生との相性がいいので、どんどん学んでいる。農業や建設、製造などをはじめとして、深層学習の活用でイノベーションを起こせる領域は多いにもかかわらず、日本企業の動きはスピード感に欠ける。松尾研の学生にはぜひ、起業してほしい」と話す。

 松尾研は昨年11月に中国の深セン市を視察した。夜遅く深セン市に入った一行は、丸2日間で、7企業を訪問。最終日には東京・秋葉原の30倍の面積という電気街にも立ち寄り、帰国した。

商用ドローン業界最大手で、民間における世界シェア約70%を占めるDJIを訪ねた。写真左手前は、松尾豊・東京大学大学院特任准教授
商用ドローン業界最大手で、民間における世界シェア約70%を占めるDJIを訪ねた。写真左手前は、松尾豊・東京大学大学院特任准教授

 かつては「世界の工場」として急成長した深センには、いまではものづくり系のスタートアップ企業がひしめいている。中国のシリコンバレーとも言われ、巨大なエコシステムが出現した。

 深センには、株式時価総額で世界5位にもなった中国大手ネット企業テンセントが本社を構える。50階と41階建てのツインビルの新社屋に度肝を抜かれたという。

 AIラボのプレゼンでは、AIによる同時通訳が使われた。中国語をすばやく英語に翻訳するもので、「テンセントにできないことはないのか」と学生たちをうならせた。テンセントAIラボの拠点は深センのほか、米シアトルにも最近開設した。合わせて約70人のAI研究者と約300人のAIエンジニアが、画像認識や音声認識、自然言語処理などに取り組んでいる。

 テンセントの巨大ビル周辺には広大なコワーキングスペースがあり、多くのスタートアップ企業が集まっている。ほとんどがAIやIoTを活用しているという。スペースは、テンセントなどの大企業が支援しており、有望なスタートアップ企業に出資している。

 x.factoryは、製造業関連の事業サポートを行うハブだ。プロトタイプの機器を作れるワークショップをはじめ、コワーキングスペースなどがある。コンサルティングも受けられる。料理ロボットを作りたいと考えている松尾研としては、「この環境は我々にももってこいだ」(松尾研)。

 DOBOTは、ロボットアームを用いた製品やソリューションを提供している、2014年設立の企業だ。ロボットがレーザーで絵を描いたり、ブロックを積み上げたり、筆で文字を書いたりするデモを見学した。教育用ロボットとして小学校に置いて、生徒と一緒に絵を描いたり、習字をしたりといった使い方ができる。

 このほか商用ドローンの業界最大手で、民間の世界シェア約7割を占めるDJIも訪ねた(写真)。

教育8割、医療5割のインパクト

 アクセンチュアによると、AIは16業界で企業収益に大きなインパクトを与える。

 2035年時点におけるAIシナリオの利益配当金(企業などの営利団体が、株主や社員、組合員などに配当する金額の総額)の増加率は、教育で84%、宿泊・飲食で74%、建設で71%、卸売・小売で59%、ヘルスケア(医療)で55%、農林水産で53%、福祉サービス(介護など)で46%、運輸・倉庫で44%と軒並み高い。

ベースシナリオと比較した場合の、2035年時点におけるAIシナリオの利益配当金の増加率
ベースシナリオと比較した場合の、2035年時点におけるAIシナリオの利益配当金の増加率
出所:アクセンチュアおよびフロンティア・エコノミクス

 製造でも、機械がAIによって知能化される。誤動作やダウンタイムが減り、常に高い利益率を確保できるようになり、2035年には39%の増収が可能と予測されているという。

 アクセンチュア デジタルコンサルティング本部アクセンチュア・デジタル・ハブ統括の保科学世マネジング・ディレクターは、こう明確に提言する。「日本の課題は少子高齢化。2030年を見越すと、約1000万人の労働力不足が見込まれている。いまでも足りない現状を考えると、AIを使わない手はない。一般に日本企業は新しい領域に踏み出すことに慎重だが、そういう場合ではない」。

 そのうえで、保科氏は「AIのアルゴリズムは差がなくなっている。新しいAIサービスの基盤において、データが差別化になる。バラバラになっている企業のデータをいかに集約して、足りないデータをどう補うのかがポイント。いち早くサービスを提供して、価値あるデータを収集するべきだ。だからこそ、いち早くサービスを提供していく必要がある」と指摘する。

 東大の松尾研は、「とにかく、すごいことをしようよ!」と「世界にインパクトを与える」が評価指標だ。研究はもちろん、ビジネスを立ち上げて、多くの人に使われるサービスを作っても評価される。深層学習などAIの活用で新しいイノベーションを生み出したいと考える企業も参考にすべき点が多いだろう。