日本の若き秀才たちはAIを駆使して新事業を切り拓こうとしている。医療や製造などリアルな産業で起きる革命を勝ち抜くためには、自ら仕掛ける勇気と知恵が必要だ。

 AIスタートアップ企業エクサウィザーズ(東京都港区)の石山洸代表取締役社長も異色の経歴を持つ。

 2015年にリクルートホールディングスのAI研究所(Recruit Institute of Technology=RIT)の設立に責任者としてかかわり、米グーグルのトップリサーチャーだった、AIサイエンティストのアロン・ハレヴィ氏を招聘して所長に据えるなど、手腕を発揮した。

 そして昨年春にAIによる介護に取り組む静岡大学発のベンチャーのデジタルセンセーションに転じたのもつかの間。介護や教育などの事業を加速するため、深層学習のエンジニアを多く擁するエクサインテリジェンスと経営統合し、昨年10月に新会社のエクサウィザーズ(東京都港区)の代表取締役社長となった。

 石山社長らはAIを活用して介護の変革に挑んでいる。具体的には、独自開発している「コーチングAI」によって、介護のスキル体系として国際的に知られている「ユマニチュード」を身につけさせた介護士を増やす試みにトライしている。

 ユマニチュードは「見つめる」「触れる」「話しかける」「立たせる」という4つのスキルを軸とし、同時に複数の要素を包括的にシームレスに行うコミュニケーション技術。ユマニチュードは被介護者の闊達を促して、介護者には負担を軽減する。

エクサウィザーズは介護×教育×AIでイノベーションを目指す
エクサウィザーズは介護×教育×AIでイノベーションを目指す

 これまでユマニチュードの研修は、コーチングによって行われてきた(図のSTEP1)。最近では、遠隔コーチングによっても指導できるようになってきた(STEP2)。ユマニチュードがスマートフォンのアプリで赤ペンを入れて指導している。データは収集して学習している。

 「コーチングAI」では、研修を受けている人間がメガネ型カメラとピンカメラを装着。天井カメラやメガネ型カメラで取得した動画をディープラーニングで解析して、AIが指導する。ユマニチュードで重要になる頭部と顔の位置を識別したり、アイコンタクトと会話を識別したりしている。

 STEP2の遠隔コーチングとSTEP3のコーチングAIとの違いは、後者がAIの活用で自動化している点だ。コーチングAIは現在実証実験の段階。実証実験を通じて、2018年から遠隔コーチングが段階的にコーチングAIに切り替わっていき、2019年頃からの本格的な実用化を予定するという。

 介護現場へのインパクトは大きい。石山社長は「ユマニチュードを身につけることで介護士の負担感が減少して離職率が低下し、その延長線上として介護士の総供給量が増加することが期待できる」と話す。グローバル展開についても協議している。

 介護における日本の競争力について石山社長は「介護の世界では、海外に大型の施設はあるものの、ソフトパワーは弱いし、中国にもない。逆に日本に学びたがっている。きめ細かいビジネスになるので、1個のアルゴリズムでできる話ではない。高い多様性が必要になるので、介護は囲碁より遥かに難しい」と分析する。日本のグローバル競争力は高いとの見立てだ。

NEC史上最年少の主席研究員

 日本のAI分野で注目されている人材を擁するのはスタートアップだけではない。大手企業で注目されていのが、NEC史上最年少の主席研究員として権限を持つ藤巻遼平氏だ(インタビュー「特徴量の自動抽出技術で世界トップ目指す、データ分析市場が大きく変わるこの2年が勝負」を参照)。

 大林組やアサヒビールなど多数の大手企業が様々な分野の需要予測などに活用している「異種混合学習」の発明者であり、機械学習分野で注目を集め、次々と成果を出している。

NEC 藤巻遼平氏のアピールポイント
NEC 藤巻遼平氏のアピールポイント

 あらためて、これまで日本企業が強かった製造(ロボット、自動車、建設機械)や農業、医療・介護、物流、人事など、よりリアルな産業領域でAI活用によるデジタル革命によって競争力を高めることができるのか。

 これに対して藤巻氏は「すごく危ないと思う。なぜかと言うと、日本はソフトウエアが弱いから。データ分析やAIというのは最終的にはソフトウエアとして動作するもので、この点が心配。分散計算のテクノロジー、HadoopとかSparkとかは全て北米」と明確に指摘する。

 システム系のアカデミックカンファレンスなどでは、日本人の発表は機械学習のそれよりも少ないという。「データ分析はアルゴリズム1個があれば価値が出るという領域ではなく、もう総合工学みたいになってきている」というのが藤巻氏の見立てだ。

 下のハードウエアからその上に乗っかるプラットフォームがあって、その上には機械学習がソフトウエアとして実現されており、それを実行するインターフェースの技術があってとかという、総合工学みたいになっている。そういう意味での機械学習以外の領域についても、日本は非常に遅れているというのだ。

 また、「クラウドやIoTなどのプラットフォームを押さえられてしまっているのも、大きなプラットフォームで世界と戦うという意味では結構厳しい。アルゴリズムを作れる人はどんどん増えるので、本当に価格競争になっていく」(藤巻氏)という。

市場が変わる瞬間に挽回を

 プラットフォームを押さえている人や企業は強い。そしてリプレースするのは難しい。単純な精度や速度という技術優位性だけではひっくり返すことはできないというわけだ。

 ただ、「一般論だが、挽回できるのは、マーケットが変わる瞬間だ」と藤巻氏は強調する。藤巻氏は、データ分析の領域はマーケットが変わる瞬間が来ていると見る。特徴量を自動設計する技術を確立し、グローバルナンバーワンのシェアを目指す。

 「2年後までに私たちが狙っているマーケットの1割とか2割とかを取って十分な実績があれば、価格だけの勝負ではなくなる」と藤巻氏は意欲的に話す。

 「特徴量自動設計技術はデータ分析の世界を大きく変えると思う。誰もがデータ分析ができるようになる画期的なイノベーションだ」(中央研究所を担当するNECの西原基夫執行役員)と、NECの幹部も期待する。

※特集(5)「東大・松尾研は「起業のススメ」、中国のシリコンバレーで刺激」に続きます。

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